第拾弐話「蝦夷(えみし)の力」


「それにしても凄かったな、佐祐理さんの演説は」
 興奮未だ止まず、体育館を後にしても、潤との話題が潰える事は無かった。
「ああ、何せあの久瀬に一歩も引かず、見事に駆逐したからな」
「それにしても、佐祐理さんが壇上から降りる時、黄色い歓声に、『ハイ〜ル!佐祐理!!ジ〜ク!佐祐理!!ハイ〜ル!佐祐理!!ジ〜ク!佐祐理!!ハイ〜ル!佐祐理!!ジ〜ク!佐祐理!!ハイ〜ル!佐祐理!!ジ〜ク!佐祐理!!ハイ〜ル!佐祐理!!ジ〜ク!佐祐理!!…』っていう、どす黒い声が混じっていたような…」
「…あれは、先代の團長を中心とした佐祐理親衛隊の声だ…。あれだけの発言力を持っているから、悪の組織から狙われる危険性がある…。てな、理由でその團員が発足させたんだが、本人にはいい迷惑だろうな…」
「スターリン統治下の旧ソや、文革当時の中国じゃあるまいし、そこまで過敏になる必要はないと思うが…」
「鸚鵡心理教が狙ってくる可能性が高いからだとさ…」
 そんな会話をしながら教室へと戻る。
「祐一、今日は一緒に帰るか?」
「一緒にって、お前のバイクでか?」
「ああ」
 断る理由が無かったので、私は潤の誘いに応じる事にした。
「そう言えば、赤レンガで俺を待っている間、栞ちゃんと何を話していたんだ?」
 昇降口に向かう間柄、潤に訊ねる。
「ああ、栞ちゃんが應援團はたくましそうでとても羨ましいと言ってきたから、ちょっと應援團について話してたんだ。そういや、栞ちゃんの名字は何て言うんだ?」
「名字なんて知らなくても、特に問題ないと思うが…」
「…実は、柚依の奴に可愛い後輩を見つけたら、フルネームで教えてくれって頼まれてんだ…」
「仕方ないな…。確か『美坂』だったかな…?」
「みさ…か…!?…悪りぃ、祐一。急に用事を思い出したから、一人で帰ってくれないか?」
「お、おいっ、潤。…ったく、用があるなら初めから声を掛けるなよな…」
 そんな訳で、結局一人で帰る事にした。


「只今、帰りました〜」 と言い、帰宅したが、出迎えの声は無かった。秋子さんは仕事で、名雪は部活で帰るのが遅くなるので、家に居るのは真琴だけだが、あいつはそんなに気がきかないだろう。
「真琴〜、入るぞ〜」
 他にやる事が無いので、真琴の様子を見ようと部屋の中に入る。部屋に入ると、本を指の間に挟み、涙の軌跡を顔に残して寝そべっている真琴の姿があった。恐らく、漫画を読んでいる途中で泣き出し、最終的には泣き疲れて寝こんでしまったのであろう。
「いったい、どのシーンで泣いたんだ…」
 そう思い、真琴が指で挟んだ漫画本を確認する。その本は『ドラえもん』の第10巻、真琴が指で挟んでいるページは、「のび太の恐竜」の回の、ぴー助がのび太と別れ、いつまでも、いつまでも鳴き叫んでいるシーンだった。この巻は私が小学生低学年の頃中古で買ったもので、充実した回が多く、幼い心に面白いと感じさせた1冊である。そして、私も最後の「のび太の恐竜」の回で、泣きそうになった経験がある。故に真琴の気持ちは理解出来る。
(しかし、ここまで泣くか普通…)
 そう思いながらも、それが真琴らしい衝動だと頷いていると、真琴がまた例の如く私を胸元に引き寄せた。
「またか?またなのか!?」
 案の定、何処から湧き出したか分からない力に押え付けられ、身動きが出来ない。
「ヤだよぉう…祐一…、真琴を置いてかないで…。真琴を一人にしないで…」
「…安心しろ、真琴。私はここだ、ここにいる。お前がこの家にいる限り、私はお前の前から姿を消したりなんかしない。だから…」
 そう言い、私は真琴を優しく抱き締める。
「あう…、あったかい…。祐一…、やっと会えた…」
 真琴が呟いている言葉は恐らく寝言だろう。しかし、呟く言葉からは、真琴の想いがひしひしと伝わってくる。普段表に現れない真琴の、心の奥の本心なのだろう。故に真琴の言っている事は、虚実ではない、真実なのだろう。と言う事は、真琴はやはりあの真琴なのであろうか?
 狐が人間に化ける。私はこのような非論理的な話は信用しない人間である。霊や怨霊の類ならば、目に見えない何らかの物質によって作用している現象と考えられるが…。狐が人間に化ける。進化の法則を根底から無視した論理である。蛇足だが、最近進化という言葉が流行っているが、ポケモンの場合、「進化」というよりは「成長」、もしくは「変態」であり、デジモンに至っては「変身」である。
(しかし、昨日の一件は一体…?目に見えないモノによる衝撃…。霊的現象の一種なのだろうか…。…確かめる必要があるな…。もしかしたら真琴の正体を掴むきっかけになるかも知れないし…)
 そして、私は再び、宵闇の校舎に向かう事を決心した。


「悪いな、潤。見回りの日でもないのに学校に連れて行けなんて言って…」
「気にするな、お前と俺の仲だ。…で、お前が昨日、夜中の学校で見たって電話で話した人、恐らく例の舞先輩だ。前々から、夜の校舎で何やらやらかしているのではと噂が立っていたが、現場を目撃した人はまだ誰もいなかった。お前が第一発見者だという事だ。そして、先輩が呟いていた魔物とは恐らく…」
「魔物について心当りがあるのか?」
「あるにはあるが、極秘事項なので口にする事は出来ない。しかし、一つだけ確かなのは、あらゆる危機から学校を護るのが、俺達應援團の使命だって事だ」
 そして彼女はいた。昨日と同じく剣を携えて…。
「や、やあ、また会いましたね…」
 相手が年上だという事で、一応丁寧な口調で話し掛ける。ちなみに潤は、相手は今まで意図的に應援團を避けていたのではとの事で、職員玄関前で待機中である。
「……」
 しかし、彼女は私の応対に答える様子は無く、黙秘を続けていた。
「『はい』か、『いいえ』でいいから答えてくださいよ!昨日私と会ったのを覚えていますか?」
「…はい…」
「い、いや…、そっちが先輩なんですからそのままじゃなくて、『そう』とか、『そうじゃない』とか…」
「先輩…?」
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はここの2年で、相沢祐一と申す者です」
 そう言った刹那、学校の奥の方から足音が聞こえてくる。今日は他の團員が巡回中だという事で、恐らくはその足音だろう。その足音が聞こえてくると、彼女は職員玄関に向かって走り出した。
「よう、舞先輩。こんな所で奇遇だな」
 しかし、そこにいた潤に阻まれ、両挟みの状態になる。
「…應援團…、もう一人いたのか…」
「そこにいる祐一って奴が、昨日の夜、先輩をここで見かけたからって言ってな。四郎、見回りお疲れさん」
「お前こそ、こんな時間帯にご苦労なこった」
 そう喋りながら、四郎は私の隣まで近づいてくる。
「だが、ワザワザ出向いた甲斐があったぜ。ようやく現場を…甘いっ!!」
 潤が言い終える前に、舞が潤に向かって攻撃を仕掛ける。しかし、潤はすかさず攻撃を回避した。
「訳も話さず、いきなり攻撃とはね…。物騒なこった…」
「…これは私の戦い…。お前達には関係ない…」
「…と、言われて、のこのこ帰る訳にはいかないんでね。ここで帰ったら専守防衛の念に反する事になるしな」」
 そう言った直後、舞が再び潤に切り掛かる。しかし、潤は難なくそれを回避する。その後、幾度と無く攻撃を掛ける舞。そして、それを回避し続ける潤。舞も潤も、肉眼でギリギリ確認できる位の速さでその行為を繰り返す。
「凄いな…、どちらも互いに相手に引けを取っていない…」
「いや、潤は力の1/10も出していない。しかし、舞先輩も善戦しているよ。應援團相手にあそこまで戦えるのはたいしたもんだぜ」
と、潤は本気で戦っていないと私に説明する四郎。それにしても、潤があれで本気を出していないとは…。
「ガッ!」 
 数度同じ行為を繰り返し、ついに舞の剣が潤を捕える。
「なかなかやるな、先輩…。だがこの程度じゃ俺にかすり傷の一つも付けられないぜ」
と、左腕で剣を受け止め、涼しい顔で答える潤。見た感じ、舞の剣はそれほど殺傷力を持っているようには見えない。が、それでも当ればそれなりに激痛は走るだろう。しかし、潤の顔には痛みを受けた表情は見当たらない。剣が思ったより柔らかいのか、それとも潤が常人より体が硬いのか…。
「来たぞ、潤!」
 四郎がそう言った刹那、背筋に悪寒が走り、後方からこちらに向かい、窓ガラスが割れる。ついに再び魔物と呼ばれるモノが姿を表したようである。
「!?祐一、左だ!左に避けるんだ!!」
「えっ!?」
 状況がいまいち理解出来ないが、とりあえず四郎に言われた通り、左に回避する。
「大丈夫か?」
「ああ、しかし四郎、よく魔物が右から襲いかかって来るって分かったな…」
 その後、魔物は窓ガラスに軌跡を作りつつ、交戦している順達の元へ向かう。魔物が双方に触れ合う刹那、2人とも左右に散開する。
「当るか!四郎、目標の現在位置の確認を頼む!!」
「諒解!目標は現在、職員玄関で折り返し、潤の上後方7時の方向から攻撃を仕掛けようとしている」
「諒解!…祐一いいもの見せてやるぜ。そこでこれから起こる事を目を閉じずに見てな!!」
 そう言い、潤は反転し、身構える。
「おい、潤!一体何をするつもりなんだ!?」
「俺のこの手が光って唸る…お前を倒せと輝き叫ぶ…。必殺!シャイニングフィンガー!!」
 そう叫び、魔物がいると想定される場所に飛翔する潤。この緊迫した状況でふざけるな…、と言いそうになったが…、
「掴んだ!」
 信じられない事に、潤が魔物を素手で捕まえたのである。
「四郎、目標は俺の掌中にあるか?」
「ああ、間違い無く掴んでいる」
「サンキュー!…で、先輩。こいつは倒していい存在か?」
「構わない…」
「そうか…。なら!ヒート!エンド!!」
「目標の気配は感じなくなった。成功だ、潤」
「一体、何が…」
 潤が魔物と呼ばれるものを掴み、倒すまでの時間、約10数秒。だが、私にはその間何が起こったかは理解出来なかった…。


「潤、今のは一体…?」
「順を追って説明する。只、これから喋る事は他言無用だ。いいな?祐一」
「ああ…」
「舞先輩は…、俺達の力が何であるかは知っているな?」
「薄々だけど…」
「じゃあ、特に問題無い。今まで通り、誰にも口にしないようにすればいい」
「分かった…」
「俺が先輩が魔物と呼んでいたモノを倒した力、また、四郎が目に見えないモノを感知した力。これらは俺等應援團が四拾七代に渡って継承してきた力、『蝦夷(えみし)の力』だ」
「蝦夷の力…?」
「古代蝦夷の民が、生活の中から生み出した力の総称だ。長らく廃れていたが、47年前、突然現代に蘇り、以後應援團が代々受け継いでいる」
「…という事は…」
「察しの通り、應援團各一人一人が何からの能力を保有している」
「何で蘇ったんだ?」
「詳しくは分からない。ただ、ある御方が蘇るきっかけを与えてくれたという事は言い伝えられている」
「じゃあ、それを継承する理由は?」
「希望だ」
「希望?」
「世界が機械化、文明化している中、未だに原始的な生活を営んでいる人類がいる。何故だか分かるか?」
「いや…」
「現代社会が崩壊した時、それらの恩恵の享受で生きていた者達は、尽く死滅するだろう。現代文明の甘味を吸って生きてきた者達は、野性に戻れずに共に滅びるのが運命(さだめ)だろう。だが、そんな状況に陥っても、人類の遺伝子を地球上から根絶させない為に、敢えて原始的な生活を営んでいる人類が存在しているのだ。俺達の能力も同じ事。いつ来るか分からない、現代社会崩壊の時。だが、例えそれが起こっても、その時点で日本民族の血を絶やさない為、文明の享受を受けずとも、生き抜ける為。そして、いつ起こるか予測出来ないからこそ、継承する必要がある。千代に八千代に日本民族が繁栄し続ける、希望の為に…」


「只今、帰りました…」
「お帰り、祐一。忘れ物は見つかった?」
「ああ…」
 本当は忘れ物などしていないのだが、外出する理由が欲しかった。それで名雪に、学校に忘れ物をしたと言って、外出したのである。無論、話のつじつまを合わせる為に、忘れ物は見つかったと言ったまでである。
「何だか、疲れたような顔しているけど…」
「全然そんな事無いぞ」
 名雪に作り笑顔を見せながら、家の中に入る。
「お帰りなさい、祐一さん。お風呂沸かしておきましたから」
「有難うございます、秋子さん」
 軽い会釈をし、2階に昇る。自室に入り風呂に入る仕度をし、1階へと降りる。
(蝦夷の力か…。見た時、戸惑いはしたが、不思議と懐かしい感じがしたな…。何故だろう…?)
 風呂に入り、疲れを癒しながら物思いに深ける。入浴後は、その足で床に就き、そのまま深い眠りへと入っていった…。

 
「…すごい…。かれたお花が元気になった…」
「これがあたしの力よ…。こわくない?」
「ううん、ぜんぜんこわくないよ!しんぴてきだよ」
 そんな時、後ろから手をたたきながら、ボロボロの服をしたお兄ちゃんが近づいてきた。
「素晴らしい!その力、正に失われた蝦夷の力に酷似している。しかも、その年でそれ程までに使いこなせるとは…。舞ちゃん、高校生になったら必ずこの学校に入ってね。その時は俺がここの先生になって、舞ちゃんの担任になってあげるから」
「團長〜、そんな事言って春菊先生見たく、自分の教え子との結婚を企んでるじゃないですか〜?」
「よっ、ロリコン團長」
「ば、馬鹿もん!俺はただ、舞ちゃんの力に純粋に惚れ込んだだけだ!」
と、楽しそうに話しているお兄ちゃんたち。
「名前、舞ちゃんって言うの?」
「うん…」
「ふ〜ん。それで、舞ちゃん、あのお兄ちゃんたちが力をりかいしてくれる人?」
「たぶん…でも…」
 その時の舞ちゃんの顔は、どこかこまったような顔だった…。


「本当に有難うございます、春菊先生。これでようやく落ち着けますわ」
「私は自分に出来る事をしたまでです。ところで、御主人はどう為さいました?」
「私が、不治病で倒れた時、舞と私を置いて、蒸発しました…」
「…そうですか…。失礼な事を訊いてしまいました…」
「いえ…」
「…私の親友は自分の妻が難産だった時、その逆の立場を取りましたよ。自分自身が満身創痍の体だったにも関わらず、愛する妻の側で子供が無事生まれるように励ましていました」
「その人、夫の鏡ですわね…。それでその方は、その後…」
「励ました甲斐あって、子供は無事生まれました。ですが、その後暫くして、親友は容態が急変し、そのまま帰らぬ人となりました…。…奥さん…、私は羨ましいのですよ、貴方の娘さんが。自分の大切な人の為に、なんの躊躇いも無く、力を使った。私も娘さんと同じような力を持っていました。しかし私は、その親友が死にそうになった時、その力を使えなかった。使いたくても使えなかった。大切な人の為に力を使った人間が、何故世間体を追われなければならない!?そう思ったからこそ、私は貴方達親子をこの地に招いたのです」
「そんな事が…。それで、何故力を使えなかったのですか?」
「約束ですよ、その親友との」
「約束?」
「『その力は俺なんかの為じゃなく、俺がそうしたように、お前が一番大切にしている人を助ける時に使うんだ…。…いいか、これはお前と俺が交わす、最後の約束だ…』…それが、親友の最後の言葉でした…。そして、私はその約束を必ず守ると、親友と指を交わしました。…その直後でした、その親友が息を引き取ったのは…」

…第壱弐話完

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